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卒業生インタビュー

建築主の思いを読み取りカタチにする

建築士

文化センターや図書館など人々が気軽に集える場所、そして、その街のシンボルになる建物がつくれたら最高ですね

武田昌幸さん
●武田昌幸・空間設計主宰
中央工学校卒

Q現在のお仕事について教えてください

A建築設計事務所を主宰し個人住宅を手がけています  現在、さいたま市内で建築設計事務所を主宰しています。また、以前に中央工学校で教職についていたご縁で、15年前から再び、建築技能情報科(高等課程)の非常勤講師も務めています。
 設計依頼は、個人の住宅が多いですね。印象に残っているのは、非常に狭い敷地に木造3階建ての住宅を1千万円代のローコストでつくった作品。テレビや雑誌で取り上げていただいて、高い評価をいただきました。
 家を建てるには、大きく分けると工務店に頼む、ハウスメーカーに頼む、建築設計事務所に頼むという3つの方法があります。ですが日本では3番目の方法、すなわち建築主(依頼者)が直接、建築家に相談する習慣があまりありません。例えば、1級建築士が何百人もいるハウスメーカーに頼んでも、建築主と話すのは営業マンで、営業マンは建築主が望む間取りなどを建築士に伝え、建築士はそれをもとに合法的に図面として成立させるだけ、という場合があります。その場合、建築主と建築士がひざを突き合わせて話すことはほとんどありません。だから完成して、こんなはずじゃなかった、というトラブルが出てくることになります。
 建築主は、生活を改善・向上したいから家を建てるわけです。でも結局、建築主が自分たちで間取りを考えて建ててもらう場合、以前こうだったからこうしたいと、それまで住んでいた家を参考にするんですね。そうすると結局、同じような生活レベルの家になってしまうんです。
 だからそこを我々プロにまかせてほしいんですよ。我々建築士のやり方は、建築主の考えてきた間取りをそのままカタチにすることではありません。そこにどういう気持ちがこもっているのかを読み取り、それを大切にしながら専門的なアドバイスを加え、よりニーズに合ったものを提案することが仕事なんです。

Qこの仕事を目指そうとしたきっかけは?

A建築家アルヴァー・アールトとの出会いが大きかったですね  高校時代は建築の道に進もうとは思っていませんでした。小学校の教員を目指していたんです。ですが、大学受験に失敗。好きで勉強を続けていた美術を生かせる道がほかにないかと模索していたときに、中央工学校の軽井沢研修所の設立に携わった叔父の勧めがあって、住宅や店舗のデザインが学べる建築室内設計科に入学を決めました。
 もともと人に教えることに興味があったので、卒業後は教員として学校に残りました。当時は建築室内設計科で教えていたのですが、思うように2級建築士に合格する卒業生が出てこない。沈みがちな学生と教員仲間を目の当たりにして、ならば私がお手本にならなくてはと決意し、2級建築士の資格を取得しました。
 きちんと勉強すれば資格を取れるんだということを証明したかったんです。
 しかし、それでもまだ本気で建築家になろうとは考えていませんでした。ところが、その後、1か月かけて北欧をまわる建築見学旅行に参加する機会があったんです。そこでフィンランドのアルヴァー・アールトの建築と出会い、彼の建築にすっかり魅了されてしまいました。“写真ではきれいでも、行って実際に見てみると大したことはない”という建築物もよくあるんですが、アルヴァー・アールトの作品はその逆。実際にその建物の中に入ってみると落ち着くというか、心地よい空間なんですよ。また、美しい作品をつくるだけでなく、まったく人がいないようなところに文化センターをつくって、その建物を中心に街を栄えさせてしまうというようなこともやっている人なんです。地域に貢献する建築のあり方や発想に衝撃を受けました。「これは、自分も建築をやらねば!」と。
 その後3年間、特殊金属金物会社に設計主任として勤めながら1級建築士の資格を取得。29歳のときに独立しました。
 独立後は多くの注文住宅を設計してきましたが、これからは文化センターや学校、保育園、図書館などの公共施設を手がけてみたいですね。アルヴァー・アールトのように、人が気軽に集まれる場所、その街の人に誇りをもってもらえるような建物がつくれたら最高ですね。

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